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7月22日は下駄の日!由来やおもしろ雑学など解説!今日は何の日?

7月22日は下駄の日 7月

7月22日は下駄の日なんだって!

僕は下駄は豆ができるから苦手だなぁ。

でも、夏は涼しくて便利だと思うわー。

今回は、7月22日が下駄の日になった由来や雑学など紹介するわね!

7月22日は下駄の日ですが、着物に合う靴と言えばやっぱり下駄ですよね。

今回は、記念日ができた由来やちょっとおもしろい雑学などご紹介します!

7月22日は下駄の日

7月22日は下駄の日ですが、下駄の寸法に7寸7分という数字が使われていることから「7月」、下駄の歯形が「二」に見えることから「22日」となった語呂合わせの記念日です。

ちなみに、伊豆長岡観光協会は、下駄の日を11月11日としています。

下駄と言えば、日本に昔からある履き物ですが、名前にも意味があり、「下」は地面、「駄」は履物を意味しています。

下駄と言う言葉が生まれたのは戦国時代とも言われ、その前は「アシダ」と呼ばれていたそうです。

昔の履き物と言えば草履もありますが、雨が降るとぬかるみが出来て足が埋まることも多かったそうで、高さのある下駄は重宝されていました。

現在では、より履きやすい下駄も作られており、女性向けにヒールのついた下駄もあるそうです。

牛若丸の一本歯の下駄の意味

五条の橋の上での弁慶と牛若丸の対決は有名な逸話ですが、なぜ牛若丸は一本歯の下駄を履いていたかご存じですか?

実は、牛若丸が一本歯の下駄を履いていたのは、鞍馬山で修行をしていたからと言われています。

そもそも一本歯の下駄は、登山をするために開発された下駄で、二本歯の下駄よりも一本歯の下駄の方が歯の部分が引っかかりやすく登りやすいんだそうです。

ただ、修行中とはいえ、戦いの最中に一本歯の下駄は動きづらかったでしょうし、むしろ下駄を脱いで裸足になった方が戦いはより有利に働いた気がしますね。

下駄のルーツは弥生時代から?

下駄と言うと、江戸時代のイメージが強いですが、実は弥生時代にはすでにあったそうです。

縄文時代など弥生時代の前は裸足が基本でしたが、弥生時代になると貧富の差が生まれたことで、上級階級の人は下駄を履くようになり、邪馬台国の遺跡からも当時の田下駄が発見されています。

高貴な身分の人、もしくは水田などの農作業にしか使われていなかったそうですが、下駄のルーツは思ったよりも昔だったようです。

また、当時の下駄にはすでに左右の区別があったらしく、今の下駄と同じようなものが2000年も前から使われていたのにはロマンを感じますね。

7月22日の出来事一覧

7月22日は下駄の日ですが、過去の7月22日に起きたできごとなどを一覧でまとめてみましたので、参考にしてみてください。

  • 2009年のできごと:国内では46年ぶりの「皆既日食」が鹿児島県の奄美諸島の喜界島などで観測された。
  • 1974年のできごと:美濃部都知事が韓国人の原爆被爆者に対して、初めて被爆者手帳を交付した。
  • 1969年のできごと:文部省が初めて、肥満児全国調査を発表した。
  • 1967年のできごと:高田光政が日本人初となる「アルプス3大北壁」を征服した。
  • 1953年のできごと:「離島振興法」が公布された。

7月22日が誕生日の芸能人は誰?

  • 戸塚 純貴(とづか じゅんき):1992年7月22日生まれ。日本の俳優。
    ドラマ「花ざかりの君たちへ〜イケメン☆パラダイス〜2011」で俳優デビュー。
  • 吉高 由里子(よしたか ゆりこ):1988年7月22日生まれ。日本の女優。
    2006年に、映画「紀子の食卓」でデビュー。
  • 内村 光良(うちむら てるよし):1964年7月22日生まれ。日本のお笑いタレント。
    1985年、漫才の授業をきっかけに南原とお笑いコンビ「ウッチャンナンチャン」を結成。

下駄には下駄の良さがある まとめ

それでは、7月22日が下駄の日になった由来やちょっとおもしろい雑学などご紹介してみました。

草履だと雨道は歩きにくいので、下駄は重宝されていましたが、弥生時代にはすでにあったのには驚きですね。

ただ、弥生時代は高貴な身分か農作業かどちらかしか下駄は使われていなかったそうで、今のように着物とワンセットとはいかなかったみたいです。

下駄は鼻緒が切れると大変ですが、夏など暑い時期には足元が涼しくなるのも嬉しい所。

ジメジメして暑い日本だからこそ、開発された履き物が下駄だったのかもしれないですね。

最後までお読みいただきありがとうございました!