
ラーメンと言えばすっかり日本食として定着してるけど…
日本に初めてラーメンが入ってきたのはいつなんだろ?

日本で初めてラーメンを食べたのが水戸黄門説もあるわよね。
今回は、日本に初めてラーメンが入ってきたのはいつからかなど、由来を紹介するわ!
ラーメンと言えば、日本食の定番ですが、初めてラーメンが入ってきたのはいつで、最初に食べたのは誰なんでしょう?
今回は、日本のラーメンの由来や歴史などご紹介します!
日本に初めてラーメンが入ってきたのはいつ?

ラーメン界では、日本で初めてラーメンを食べたのは水戸光圀(水戸黄門)であるとの説が有力ですが、ラーメンのルーツを辿ってみると、室町時代にラーメンの原型があったとされています。
室町時代のラーメンとされる「経帯麺」は、1300年代後半に中国で出版された生活百科事典「居家必要事類」にそのレシピが載っていたと言います。
レシピによると、小麦と水、「碱(けん)」と呼ばれる炭酸ソーダを使い、手打ちして作ったのが日本最初のラーメンだったようです。
「中華麺」は小麦粉にかん水を加えて練り合わせたものを指すので、室町時代の「経帯麺」は、「碱(けん)」が当時のかん水を表しているので、つまり「経帯麺」も中華麺の一種ということですね。
つまり、水戸黄門の時代の1697年から200年以上も前に、ラーメンの原型があったということになるんです。
「経帯麺」はどんな麺?
「経帯麺」の「経帯」には巻物の帯という意味がありますが、麺の幅は5mm程度だったとされます。
ただ、「経帯麺」は当時は一部の人にしか食べられていなかったようです。
当時のラーメンである「経帯麺」は、僧侶が僧侶に振る舞ったという記載が残っていることからも、階級が高い人のぜいたく品だったのかもしれません。
「経帯麺」はラーメンとは違う?
「経帯麺」は中華麺のルーツとも言われている一方で、ラーメンとは違うとの意見もあります。
なぜなら、ラーメンは中華麺の一種とされることもありますが、厳密には「中国の麺料理と日本の食文化が融合したもの」こそがラーメンだからです。
ちなみに、水戸黄門が食べたラーメンには「火腿」という中国ハムが使われていました。
つまり、ほぼ完成形のラーメンを食べたという観点から見れば、日本で初めてラーメンを食べたのは水戸黄門だったという説にも納得です。
日本で初めてラーメンを食べたのは水戸黄門説

上記でもご紹介しましたが、中華麺のルーツは室町時代ですが、ラーメンを初めて食べた人物は水戸黄門である説は有力です。
1697年に、儒学者「朱舜水」が、水戸光圀の接待で自分の国の汁そばをふるまったのが起源とされているからです。
ただ、重ねて言うようですが、中華麺が広く庶民にまで広まりだしたのは明治になってからで、当時はまだラーメン文化は広まっていなかったと言えます。
水戸黄門が食べたという「水戸藩らーめん」とは
日本で初めてラーメンを食べたのは水戸黄門の説が正しいとなると、次に気になるのはどんなラーメンを食べたかです。
実はこの時のラーメンを再現したと言われるのが「水戸藩らーめん」で、茨城県水戸市にあるご当地ラーメンの1つだと言います。
ちなみに、当時の具にはクコの実や松の実、椎茸が入っていたそうです。
精進料理に近かったわけですが、上記でもご紹介したように、「火腿」という中国ハムが使われていたようなので、今のラーメンにも近い感じを受けますね。
日本初めてのラーメンは「経帯麺」だった? まとめ
それでは、日本に初めてラーメンが入ってきたのはいつかや、初めて食べたのが水戸黄門説などご紹介してみました。
日本で初めてのラーメンは「経帯麺」との説もありますが、こちらは中華麺のルーツであり、ラーメンの由来とは言えないとの説があります。
その意味では、ラーメンと呼ばれる麺類を初めて食べたのは水戸黄門説も正しいようにも見えますね。
ラーメンが庶民に流通しだしたのは明治に入ってからですが、今のようにラーメンの種類がこれだけ増えるとは、当時の人も予想していなかったかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございました!